沖縄を訪れた旅行者が最も混乱するのが、「新垣」という名前を掲げるちんすこう店が複数存在することです。歴史を紐解くと、これらはすべて琉球王国の包丁人(料理人)であった新垣親雲上淑規(あらかきぺーちんしゅくき)、そして明治期に菓子店として独立させた新垣淑保の流れを汲む正統な系譜です。しかし、昭和から平成の時代を経て、3つの店舗はそれぞれ異なる発展を遂げました。
黄色い小箱に入った定番のちんすこうとして空港やお土産店で広く普及しているのは新垣ちんすこう本舗(有限会社新垣菓子店)です。流通網を確立し、沖縄のちんすこうを全国区に広めた功績は計り知れません。一方、首里城復元に伴う茶席の菓子などを手がけ、女性職人の繊細な技法を継承してきたのが新垣カミ菓子店です。
そして、最も源流に近い佇まいで、商業的な規模拡大を一切選ばずに首里赤坂町の住宅街に留まり続けているのが本家新垣菓子店です。この3者の立ち位置の違いを把握していないと、「空港で新垣のちんすこうを買ったから本家の味を体験できた」という大きな誤解に陥ることになります。