1987年6月28日に日本公開された第1作『プレデター』のラストシーンは、映画史に残る緊迫感と哲学的余韻を観客に刻み込みました。ジャングルの泥にまみれ、生存本能剥き出しで立ち向かったダッチ少佐と、すべての装備を解除したプレデターの肉弾戦は、文明と野生の衝突を描いた白眉のシーケンスです。
プレデターは人間の数倍に及ぶ圧倒的な腕力と体格でダッチを完膚なきまでに叩きのめしますが、ダッチが仕掛けていた最後のカウンターウェイトの丸太罠にかかり、致命的な重傷を負います。満身創痍となり、死期を悟ったプレデターが取った行動こそが、左腕のガントレットに組み込まれた自爆装置の起動でした。
この自爆の理由については、単なる道連れや逆恨みと誤解されがちですが、ヤウジャの文化規範に照らし合わせると別の真実が浮かび上がります。彼らの社会では、「敗北して生きたまま捕虜になること」および「高度な宇宙技術を未熟な知的生命体に奪われること」は最大の恥辱とされています。自爆は自らの肉体とテクノロジーを完全に消滅させ、種族の秘密を守り抜くための最後の防諜プロトコルであり、戦士としての幕引きの儀式なのです。
自爆タイマーが作動する中、プレデターは不気味に甲高い電子音を発しながら、かつて特殊部隊員ビリーが森の中で漏らした不気味な笑い声を録音再生して笑い続けました。このシーンについて映画評論家やファンからは「敗北を受け入れつつ、最後に人間側を嘲笑った」「死の恐怖すら超越した戦士の最後の哄笑である」といった様々な考察がなされています。いずれにせよ、死の瞬間まで獲物と精神的な駆け引きを演じきったプレデターの姿は、冷徹なモンスターの枠を超えた強烈な個性を証明しています。