長唄舞踊の傑作『鷺娘』は、宝暦12年(1762年)に二代目瀬川菊之丞によって初演された古典作品です。一面の銀世界が広がる冬の柳の池畔、白無垢の綿帽子をかぶった鷺の精が娘の姿となって現れ、人間への届かぬ恋に身を焦がし、やがて地獄の業火に苛まれながら羽ばたき息絶えるまでの哀切を描き出します。
本作の核心となるのが、長唄の歌詞が紡ぐ情緒と心理描写です。「妄執の雲晴れやらぬ雪の空」といった名句に象徴されるように、白雪は純白の無垢さであると同時に、人間の女性に恋をしてしまった人外の存在が背負う「晴れぬ情念」のメタファーとなっています。玉三郎はこの古典舞踊の解釈を極限まで深め、単なる可憐な娘の踊りにとどまらず、人智を超えた神秘性と、女性の狂気にも似た恋の苦悩を同居させた独自の境地を開拓しました。
初演当時、十九歳だった玉三郎が見せた瑞々しい美しさは歌舞伎界に鮮烈な衝撃を与え、昭和から平成にかけて「玉三郎の鷺娘を見なければ歌舞伎は語れない」とまで称される社会現象を巻き起こしました。人間国宝として女形の最高峰に上り詰めた後も、その踊りは衰えるどころか、精神性の深まりとともに神聖な輝きを増していったのです。