1992年の合同結婚式で特に大きな注目を集めたのが、桜田淳子氏と山崎浩子氏の2人でした。しかし、その後の人生の歩みは対照的なものとなっています。
桜田淳子氏は、福井県出身で教団の信者である会社役員の男性とマッチングされ結婚しました。その後は芸能活動を事実上休止し、夫の地元である福井県や都内で3人の子どもを育て上げました。結婚から数十年が経過した現在も信仰を継続していると報じられており、私生活では平穏な家庭を維持しています。過去に何度か音楽イベントや限定的なステージで復帰の兆しを見せたものの、教団を巡る世論の厳しさから、地上波メディアへの完全復帰は実現していません。
一方、劇的な展開を辿ったのが山崎浩子氏です。山崎氏は当時、教団幹部候補だった男性(後に教団広報担当として知られる人物)とマッチングされました。しかし挙式後、家族や支援者による46日間に及ぶ説得を受け、教団の教理や献金の実態について客観的な説明を受けたことでマインドコントロールから脱出しました。
山崎氏は1993年に記者会見を開き、「私の信じた神はそこにはいなかった」と涙ながらに脱会を宣言。入籍前であったため法的な婚姻関係は結ばれず、婚約解消となりました。脱会後の山崎氏は新体操の指導者として再起を果たし、日本代表の強化本部長を務めるなど、スポーツ界の発展に大きく貢献しています。