「八咫烏伝説」の背後には、巧みな歴史的事実の借用と、純然たる創作が複雑に絡み合っています。ここで、ネット上に溢れる情報の「嘘と本当」を明確に切り分ける必要があります。
まず【事実】として押さえるべきは、熊野信仰における八咫烏の神聖性と、賀茂氏の祭祀権の重みです。熊野那智大社や熊野本宮大社において、八咫烏は神の使い(神使)として篤く信仰され、起請文として用いられた「熊野牛王宝印(からす文字で書かれた護符)」は中世日本の契約社会を支える絶対的な誓詞でした。また、下鴨神社(賀茂御祖神社)の主祭神・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が八咫烏に化身して神武天皇を導いたという記述は『古事記』『日本書紀』にも明記された正統な神話体系です。
対して【創作・誇張】と断定できるのが、フリーメイソンやイルミナティのような「世界規模の陰謀論」と結びつけられた結社モデルです。大烏が3人、配下が12人という構造は、明らかに西洋のキリスト教的カバラ思想(生命の樹)や聖書的モチーフの借用です。これは1980年代から1990年代にかけて流行した「日ユ同祖論(日本人とユダヤ人は同根であるとする説)」を取り込んだオカルト作家たちが、日本の神道体系を西洋的オカルティズムで再解釈する過程で生み出したギミックに他なりません。
さらに、近代日本の歴史的空白もこの誤解を深める温床となりました。明治維新期、政府は「神仏分離令」や「修験道廃止令」「陰陽道禁止令」を矢継ぎ早に発令し、古代から続いていた民俗的・呪術的な宮中祭祀や社家の伝統を一掃しました。この時、表舞台から追いやられた陰陽師や社家の一部が地下に潜り、秘密裏に儀式を続けたというストーリーは、大衆の想像力を刺激する格好の土壌となったのです。