野村克也氏が最初の結婚に踏み切ったのは、南海ホークスの若き正捕手として球界の頂点へ駆け上がっていた1960年のことでした。相手となった正子夫人は、当時の報道や関係者の証言によると、関西の良家で育った気品あふれる女性で、元モデルや女優とも噂されたほどの洗練された美貌の持ち主でした。
当時のプロ野球界は、戦後の復興期から高度経済成長期へと向かう熱狂の渦中にありました。京都の貧しい母子家庭で育ち、テスト生から這い上がってきた野村氏にとって、正子夫人との婚姻は「社会的成功の証」でもありました。結婚生活のスタートは順風満帆に見え、間もなく長男・陽一氏が誕生。正子夫人は表舞台に立つことを極力控え、内助の功で主砲を支える伝統的な「プロ野球選手の妻」としての役割を全うしていました。
しかし、テスト生出身という深い劣等感と、常に結果を求められる極限のプレッシャーを抱えていた野村氏にとって、静かで家庭的な正子夫人との暮らしには、どこか埋められない孤独の溝が存在していたと、のちに野村氏自身が告白本の中で述懐しています。