枝野氏を語るうえで欠かせないのが、インターネット上で今なお語り継がれる「枝野寝ろ 由来」のエピソードです。
2011年3月11日の東日本大震災および福島第一原子力発電所事故の直後、当時官房長官だった枝野氏は、連日青い作業服姿で数時間おきに記者会見へ登壇しました。約105時間にわたってほぼ不眠不休で的確な情報提供に努めた姿に対し、Twitter(現X)上では「#edano_nero」「#枝野寝ろ」という労いと心配の投稿が殺到。海外メディアのウォール・ストリート・ジャーナルでも報道されるなど、世界的な反響を呼びました。
この驚異的な持久力と論理的な会見対応の背景には、枝野幸男の弁護士としてのバックボーンがあります。東北大学法学部を卒業後、24歳で司法試験に合格した枝野氏は、政治家に転身する前に法廷で実務を積んできました。「事実関係を正確に切り分け、法的根拠に基づいて冷静に説明する」という弁護士特有の思考プロセスが、未曾有の国難における危機管理能力の土台となっていたのです。