事件当日に上演中だった明治座公演は、猿之助氏の不在により一時中止の危機に追い込まれました。その絶体絶命の窮地を救ったのが、従兄である市川中車 香川照之氏の長男、市川團子氏でした。
当時19歳だった市川團子 代役抜擢の知らせは、歌舞伎ファンのみならず演劇界全体に走った大きなニュースでした。昼の部の代役を務めた中村隼人氏に続き、夜の部『不死鳥よ 波濤を越えて』の主役・平知盛という大役をわずか半日の稽古で引き受けた團子氏は、堂々たる台詞回しと華やかな立ち振る舞いで見事に舞台を務め上げました。終演後には劇場の天井が割れんばかりのスタンディングオベーションが巻き起こり、SNSや演劇批評でも「澤瀉屋の血脈が起こした奇跡」として称賛されました。
その後、2023年9月には一門の偉大な祖である三代目市川猿之助(二代目市川猿翁)氏が83歳で逝去。精神的支柱を立て続けに失った澤瀉屋において、香川照之氏は自らも過去のスキャンダルによる逆風を背負いながら、一門の弟子たちの生活を守るべく奮闘を続けました。舞台『新・水滸伝』や『ヤマトタケル』の全国巡演を團子氏とともに成功させ、澤瀉屋の現在と今後を担う強固な土台を再構築していったのです。