国会期成同盟を語る上で欠かせない前史が、士族中心の政治結社だった「愛国社」の存在です。1874年に板垣退助らが「民撰議院設立建白書」を提出して幕を開けた自由民権運動は、当初は高知の立志社をはじめとする一部の特権層や没落士族の不満分子による抗議活動の側面を強く帯びていました。
一度は活動休止に追い込まれた愛国社ですが、1878年に再興されると、地租改正に苦しむ豪農や全国の知識層を急速に巻き込んでいきます。そして1880年3月、大阪で開催された第4回愛国社大会において、組織を単なる思想集団から「全国統一の署名・請願機関」へと脱皮させる決定が下されました。
名称を「国会期成同盟」へと改名した最大の結成理由は、全国津々浦々で個別に活動していた民権団体を一本化し、国家権力に対して圧倒的な民意の数で対抗することにありました。この大会には全国2府22県から約10万人分に及ぶ署名が集まり、文字通り列島規模の巨大政治ネットワークが誕生したのです。