一連の事件は、日本の放送業界全体に対して目に見えない「冷や水」を浴びせる結果となった。この騒動以降、テレビのニュース報道においては、政権に対して過度に踏み込んだ発言をするコメンテーターの起用が慎重になり、無難なコメントに終始する傾向が強まったとの指摘も多い。
メディア・ジャーナリズムの現場では、権力に対する「批判の鋭さ」よりも「客観性と中立性」という名目のもとでの自己規制が進行した。生放送で意見をぶつけ合うダイナミズムが失われ、無難に整えられた情報パッケージばかりが画面に並ぶようになったという冷ややかな評価も存在する。