四阿屋神社の起源を辿ると、霊峰として名高い四阿山を仰ぐ古代の山岳信仰へと行き着く。東征の途上、険しい峠を越えた日本武尊がこの山に対峙し、亡き妻を偲んで「吾妻はや」と嘆いたという伝説は名高い。荒々しい自然を神そのものとして畏怖した古代人にとって、この山麓の社は神と人を繋ぐ不可欠な結界だった。
険峻な尾根が連なるこの一帯は、古くから修験者たちの修行場でもあった。岩肌を伝う清水と原生林の放つ生命力が、神道の原初的な姿をいまに伝える。日本武尊が越えたとされる古道を踏みしめると、千数百年前の息遣いが風に乗って届くかのようだ。