ラ・フォル・ジュルネのフランス発祥の経緯を理解することは、この音楽祭の「なぜ楽しいのか」を腑に落とすためにも欠かせない。
1990年代初頭のフランスでは、クラシック音楽のコンサートホールの客足が鈍化し、業界全体が「若年層・新規層の取り込み」という課題を抱えていた。そこでナント市とルネ・マルタンは、スポーツのワールドカップやロックフェスにヒントを得た「都市型・多会場同時開催」という前例のないモデルを考案する。ナント市内のコンベンションセンターや広場を丸ごと音楽空間に変え、有名演奏家から若手新人まで数十組を同時期に投入。チケット売り場には家族連れや学生が列を作り、街全体がクラシック音楽で満たされるという光景が現実になった。
この成功を日本に持ち込んだのが、音楽事務所のカジモト(KAJIMOTO)だ。東京国際フォーラムという日本屈指の巨大複合コンベンション施設——有楽町駅前に位置し、ガラス棟・ホールA〜Eを含む複数会場を擁する——が、ナントのコンベンションセンターの役割を担った。2005年の初回から「入場料1,500円前後から」「子ども無料・低価格席設置」「屋外無料コンサートあり」という大方針を崩さなかった結果、クラシックコンサート初体験層の取り込みに成功し、以来毎年の恒例行事として定着した。
また注目すべきは、東京だけにとどまらない展開だ。ラ・フォル・ジュルネ金沢は石川県・金沢市で長年にわたって独自の音楽祭として開催されてきた実績があり、地方都市におけるクラシック音楽の普及モデルとして高く評価されている。ナントから始まったうねりが、日本の地方都市にまで波及したこと自体、ルネ・マルタンの構想の射程の広さを物語っている。
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