ブレーキペダルを踏むと、その力は油圧によって四輪のブレーキキャリパーやドラムへ瞬時に伝達されます。この油圧経路を満たしているのがブレーキフルードです。エンジンオイルのように潤滑を主目的とするものとは異なり、圧力を伝える「非圧縮性流体」としての役割を担っています。
一般的な乗用車に広く使われているフルードは「グリコール系」と呼ばれる液体です。大手カー用品チェーンのジェームスが公開している専門資料によると、ブレーキフルードにはグリコール系、シリコーン系、鉱物油系の3種類が存在しますが、現在流通する市販車の大多数は吸湿性・流動性に優れたグリコール系を採用しています。しかし、このグリコール系には「空気中の水分をごく自然に吸収してしまう」という逃れられない化学的弱点が存在します。
新品時のブレーキフルードは沸点が200℃〜230℃以上に保たれていますが、空気中の湿気を取り込んで水分含有量が3〜4%に達すると、沸点は150℃前後まで急激に低下します。この状態で長い下り坂を走行したり、高速走行からの急制動を繰り返したりしてブレーキパッドやローターが強烈な摩擦熱を持つと、キャリパー内部のフルードが沸騰して配管内に無数の「蒸気泡」が発生します。
液体は圧力を逃がさず伝えますが、気体は簡単に縮んでしまいます。その結果、いくらペダルを床板まで強く踏み込んでも気泡が潰れるだけで圧力がキャリパーに伝わらず、スカスカと空を踏むような感触とともにブレーキがまったく効かなくなります。これがベーパーロック現象の危険性です。一度発生すると車速を落とす手段を失い、ガードレールや対向車への衝突事故に直結する極めて危険なトラブルといえます。
また、日常走行で気づきやすいブレーキフルード劣化の兆候としては、以下の異変が挙げられます。
- 以前に比べてブレーキペダルを踏んだときのタッチが奥まで入り込み、スポンジを踏んでいるような「ふかふか感」がある。
- 朝一番の走り出しでペダルを踏んだ際、制動の立ち上がりにわずかなタイムラグを感じる。
- エンジンルーム内のリザーバータンクを確認した際、液面が下限(MIN)近くまで低下している、もしくは液体が黒ずんでいる。
こうした違和感を「気のせい」と放置することは、重大なインシデントへの秒読みを意味します。