高校野球ファンのみならず社会全体に激震を走らせたのが、2016年の硬式野球部「事実上の休部」でした。甲子園春夏通算96勝、優勝7回という金字塔を打ち立て、桑田真澄氏、清原和博氏の「KKコンビ」をはじめ、立浪和義氏、宮本慎也氏、松井稼頭央氏、福留孝介氏、前田健太投手など、球史に名を刻むPL学園 出身 プロ野球選手を無数に輩出してきた名門が、なぜ活動停止に追い込まれたのでしょうか。
表面的な引き金となったのは、度重なる部内暴力事件です。2001年の上級生による凄惨な暴力事案による対外試合禁止処分、そして2011年、2013年にも部内でのいじめ・暴力が発覚し、日本学生野球協会から度重なる処分を受けました。
しかし、決定打となったのは不祥事そのもの以上に、母体組織であるパーフェクトリバティー教団(PL教団)の指導者選定を巡る硬直化でした。当時の報道や関係者の証言によると、高野連やOB会が外部からの有能な指導者招聘を模索したのに対し、学園・教団側は「学園の教育精神(PLの信仰)を体現できる人物でなければならない」という教団信徒縛りに固執。適任者が見つからないまま、野球未経験の校長が監督登録を行い、ベンチで祈りを捧げるだけの異例の事態が全国的なニュースとなりました。
この結果、現場の指導体制は崩壊し、教団側は2014年秋に新入部員の募集停止を通告。2016年夏の選手権大阪大会で敗退した部員12名が最後の夏を終えた瞬間、歴史ある名門野球部は公式戦の舞台から姿を消すこととなりました。