全国47都道府県の主要都市や新幹線停車駅をほぼ網羅している東横インが、なぜ東海道新幹線の停車駅であり一大観光都市でもある熱海へ進出しないのでしょうか。現地不動産関係者や観光業界の取材を重ねると、熱海という土地ならではの3つの決定的な参入障壁が浮き彫りになってきました。
1. すり鉢状の急峻な地形と駅前用地の枯渇・高騰
熱海駅周辺を訪れたことがある人なら誰もが実感するように、熱海は海に向かって急激に落ち込むすり鉢状の斜面都市です。平地が極端に少なく、ホテル建設に適したまとまった敷地の確保は困難を極めます。さらに、近年の熱海人気復活とリゾートマンション再開発の波を受け、駅周辺の地価は高止まりを続けています。1室あたりの建築・用地取得コストを徹底的に圧縮して低価格を実現する東横インのビジネスモデルにおいて、この土地取得コストと擁壁工事などの特殊造成費は採算ラインを大きく超えてしまうのです。
2. 熱海温泉旅館組合の歴史的影響力と行政の景観・開発規制
熱海には明治・大正期から続く長い温泉街の歴史があり、地元を支えてきた熱海温泉旅館協同組合の存在感は今なお無視できません。過去に大手格安ホテルチェーンが進出を試みた際にも、地元経済の循環や景観保持、温泉資源の保全を巡って厳しい協議が重ねられてきました。熱海市が定める景観条例や建物の高さ制限、さらには斜面地開発に伴う厳しい安全基準は、画一的な規格設計でコストを削る宿泊特化型ホテルにとって極めて高いハードルとして立ちはだかっています。
3. 平日ビジネス需要の薄さと稼働率のボラティリティ
東横インの収益の屋台骨は、平日に安定して宿泊する出張ビジネスパーソンです。観光客が集中する金曜・土曜に満室になっても、月曜から木曜の稼働率が極端に落ち込むリゾート立地では、通年での高い客室稼働率(80%以上)を前提とする同社の運営方針と相容れません。熱海駅周辺には大手企業の支社や工業集積が乏しく、ビジネス出張需要が極めて限定的である点も、経営陣が出店に踏み切れない大きな要因となっています。