闘莉王が放つ言葉の重みは、彼自身がピッチ上で残してきた偉大な実績と圧倒的なリーダーシップに裏打ちされています。ブラジルから単身来日し、渋谷幕張高校を経て2001年にサンフレッチェ広島でプロ生活をスタートさせた彼は、水戸ホーリーホックへの期限付き移籍で頭角を現し、2003年に日本国籍を取得しました。
2004年に加入した浦和レッズでは、絶対的なディフェンスリーダーとして君臨。強靭なフィジカルと卓越した戦術眼、そして何よりDFの枠を超えた驚異的な攻撃力でチームを牽引しました。2006年のクラブ史上初となるJ1リーグ制覇、翌2007年のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝の立役者となり、2006年にはJリーグ最優秀選手賞(MVP)を受賞しています。
2010年に移籍した名古屋グランパスでも、加入初年度にクラブ悲願のJ1初優勝を達成。ピッチ上でチームメイトを激しく鼓舞し、勝利への執念を植え付けるその姿は「優勝請負人」の名にふさわしいものでした。
さらに日本代表としては通算43試合に出場し8得点を記録。2010年FIFAワールドカップ南アフリカ大会では、中澤佑二氏と強固なセンターバックコンビを形成し、下馬評を覆すベスト16進出の原動力となりました。体を投げ出してゴールを死守する気迫に満ちた守備は、今なお日本サッカー史に燦然と輝く名場面として語り継がれています。