沢田研二の音楽的変遷を語る上で欠かせないのが、グループサウンズ期からソロへの移行、そして稀代のクリエイター陣との化学反応です。
1967年にメジャーデビューしたザ・タイガース時代の曲において、「シーサイド・バウンド」「君だけに愛を」「モナリザの微笑」「花の首飾り」など、ジュリーは少女たちの熱狂を集める圧倒的貴公子として君臨しました。ステージから指を差し「君だけに〜」と歌えば失神者が続出するという社会現象を起こしましたが、本人の根底にあったのは常に本格的なロックへの渇望でした。PYG(ピッグ)というスーパーバンドでの挫折と模索を経てソロへ進出した際、その才能を開花させたのが阿久悠・大野克夫という黄金コンビです。
作詞家の阿久悠は、かつて自著やインタビューで「沢田研二という素材は、時代の冒険をすべて引き受けてくれる唯一の男だった」と述懐しています。阿久悠が提示する「やせ我慢の美学」「ダンディズムの裏にある孤独」という骨太な世界観に対し、作曲家の大野克夫はクラシックとロック、ヨーロッパ映画音楽の叙情性を融合させた旋律を提供。さらに早川タケジによる前衛的な衣装デザインが加わることで、沢田研二は単なる歌い手を超え、3分間の総合芸術を体現するアクターへと昇華しました。
沢田研二代表曲一覧を俯瞰すると、単一のジャンルに安住することなく、グラムロック、ディスコ、テクノポップ、パンクなど、欧米の最新トレンドを歌謡曲というフォーマットに落とし込み、大衆に向けて提示し続けた革新性がはっきりと分かります。