伊賀上野城の高石垣と歴史の真相|藤堂高虎の築城戦略と天守閣最新ガイド

伊賀上野城の高石垣と歴史の真相|藤堂高虎の築城戦略と天守閣最新ガイド

伊賀上野城の高石垣と歴史の真相|藤堂高虎の築城戦略と天守閣最新ガイドの要点や背景をコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。

五層天守の倒壊後、幕末まで天守が存在しなかった伊賀上野城ですが、昭和10年(1935年)に劇的な復活を遂げます。地元出身の代議士であった川崎克(かわさき かつ)氏が「攻防の城から産業と文化の城へ」という崇高な理念を掲げ、私財を投じて純木造で建て直したのが現在の復興天守です。

戦後乱立した鉄筋コンクリート製の城郭とは異なり、全国から集められた銘木を用い、当時の宮大工の粋を集めて建てられた大天守(三層三階)と小天守は、木造ならではの重厚な梁や木の温もりを色濃く残しています。その優美な佇まいから、白い鳳凰が舞い降りた姿に例えられ「白鳳城(はくほうじょう)」の愛称で親しまれています。

天守閣内部の必見ポイントは多岐にわたります。1階・2階には、藤堂高虎が着用したとされる兜「黒漆塗唐冠形兜(くろうるしぬりとうかんなりかぶと)」をはじめ、歴代藩主の武具・調度品、伊賀焼の古陶などが展示されています。さらに最上階の3階天井を見上げると、横山大観をはじめ当時の名だたる日本画家や政治家・文化人から寄贈された46枚の天井色紙絵が格子一面に飾られており、まさに建物全体が一つの巨大な美術館として機能しています。

前田 葵
著者

前田 葵

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。