解離性同一性障害(Dissociative Identity Disorder: DID)は、精神医学の診断基準であるDSM-5やICD-11において「解離性障害」の一種に分類される精神疾患です。人間が本来持っている思考、感情、記憶、行動の統合が一時的あるいは慢性的に失われ、複数の異なる人格状態(交代人格)が身体の制御を交代で担います。
多くの人が抱く「多重人格の原因」に関する疑問に対し、臨床精神医学は明確な答えを出しています。発症の背景には、人格の統合が未完成である幼少期(おおむね7〜8歳以前)における反復的かつ過酷なトラウマが存在します。児童虐待、ネグレクト、深刻な家庭内暴力、あるいは命を脅かされるような事故や災害など、幼い子どもの処理能力をはるかに超える恐怖に直面した際、脳は自己を守るために「これは自分の体験ではない」と感情と記憶を身体から切り離します。これが「解離」と呼ばれる現象です。
一人では耐えきれない苦痛を分散させるため、怒りを引き受ける人格、痛みを耐える人格、日常を健気に生きる人格といった形で心のパーテーションを構築します。つまり、解離性同一性障害は心の弱さによる破綻ではなく、過酷な環境を生き延びるために生じた適応戦略であるといえます。