オコエ瑠偉という存在は、常にメディアの格好の標的であり続けてきた。DAZNなどのライブ配信やハイライト番組で切り取られる華麗なプレーの裏で、ワイドショー的な文脈で私生活や一挙手一投足が過剰に消費されてきた側面は否定できない。スポーツジャーナリズムが追求すべき「アスリートとしての真価」が、センセーショナリズムによって覆い隠されてきた歴史がある。
近年制作されたスポーツドキュメンタリーで描かれた彼の素顔は、世間が抱くイメージとは大きく異なる。球場を離れてもバットを振り続け、自身のデータを貪欲に分析するストイックな野球小僧の姿がそこにはあった。見出しの強さだけで選手を評価する時代は終わるべきであり、グラウンドで見せる泥だらけの挑戦こそが真実だ。