小野寺氏の政治家としての評価を不動のものにしたのは、通算約3年に及ぶ防衛大臣としての実績です。第2次安倍内閣発足時の2012年12月から2014年9月まで、そして安全保障環境が一段と緊迫化した2017年8月から2018年10月まで、2度にわたって防衛省のトップを務めました。
小野寺氏が主導した防衛政策の核心は、感情論を排した冷徹なリアリズムと、現場自衛官への徹底した配慮です。北朝鮮による弾道ミサイル発射が相次いだ時期には、深夜・早朝を問わず迅速に防衛省に登庁し、記者会見で正確なレーダー探知情報と分析を冷静沈着に国民へ提示しました。危機管理の現場で取り乱さず、必要な情報と秘匿すべき作戦情報の境界線を熟知した立ち振る舞いは、防衛省・自衛隊の制服組からも絶大な信頼を獲得しました。
自民党安全保障調査会長などを歴任する中では、国家安全保障戦略の改定作業や「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有議論において、自民党案の取りまとめ役として尽力。安全保障特番のインタビューにおいて、小野寺氏は「防衛力整備は戦争をするためのものではなく、他国に『日本に手を出すと割に合わない』と思わせる抑止力そのものである」と語っています。タカ派的な威勢の良いスローガンに逃げず、周辺国のミサイル脅威や防衛予算の使途を具体的に説き明かす手法は、現在の防衛政策の設計図となっています。