本来「感動」を意味する言葉が、なぜ「怒り」という意味へとすり替わってしまったのでしょうか。最大の要因は、音や構造が似ている別の慣用句との混同にあります。
代表的な混同相手が「逆鱗(げきりん)に触れる」です。「逆鱗」とは中国の思想書『韓非子』に登場する故事成語で、竜のあごの下に1枚だけ生えている逆さの鱗(うろこ)を指します。普段はおとなしい竜も、この鱗に触れられると激怒して人を殺すとされたことから、「目上の人を激怒させる」という意味で使われます。「触れる」という動詞と「目に見えないデリケートな部分」という語感が重なり、「琴線」と「逆鱗」が頭の中でごちゃ混ぜになった結果といえます。
さらに、「神経に触る」「癇(かん)に障る」「癪(しゃく)に障る」といった不快感を表すフレーズの存在も誤解に拍車をかけました。「何かに触れる=敏感な部分を刺激してトラブルになる」という連想が働き、「琴線に触れる=怒りのスイッチを押してしまう」という誤った解釈が自然発生的に広がったと考えられます。
なお、似た言葉に「心琴(しんきん)に触れる」という表現もあります。「心琴」とは心の中にある琴そのものを指し、意味としては「琴線に触れる」と同様に「深く心を打たれる」ことを意味します。どちらも美しい情操を表す言葉であり、怒りの要素は一切含まれていません。