80年代後半から90年代にかけて、日本のテレビバラエティは黄金期を迎えていた。その渦中で、ビートたけしという巨大な太陽の周りを回る惑星のごとく、独特の異彩を放っていたのが彼だ。単に露出癖があるわけではない。カメラが回った瞬間、完璧な間と俊敏な動きで脱ぎ捨て、スタジオを爆笑の渦に巻き込む。そこには計算し尽くされたプロフェッショナルとしての「芸」があった。
だが、彼のストーリーは東京のスタジオ内だけで終わらない。拠点を故郷である熊本へと大胆に移した決断は、多くのファンを驚かせた。酒場を営みながら地域の人々とグラスを交わし、子供たちにスポーツの楽しさを伝える日常。一見すると華やかな芸能界からの引退劇のようにも見えたが、実態は違っていた。彼は表現の場所を画面の中から「生身の現場」へと移したに過ぎなかったのだ。