芸能史に残る激震となったオフィス北野からの退社と、新事務所である株式会社T.Nゴンの立ち上げ。当時、メディアはさまざまな憶測を飛び交わせた。だが、時間が証明したのは、この移籍が彼にとって「創作の純化」に必要な必然のステップだったという事実だ。
巨大化した組織のしがらみや、興行的な採算のプレッシャーから自らを解放すること。ただ愚直に、自分が本当に面白いと思えるものだけに命を注ぎ込む。マネジメント体制を一新したことで、外部の思惑に左右されない迅速な意思決定が可能となった。雑音を遮断したプライベートなアトリエ空間で、彼は日々、膨大なスケッチを描き散らし、プロットを書き殴る。その姿は巨匠というより、まるでデビュー前のハングリーな前衛芸術家のそれに近い。