櫻井翔の20代を語る上で絶対に外せないのが、櫻井翔 慶應義塾大学 卒業という金字塔です。1999年に嵐として鮮烈なデビューを飾った当時、彼は慶應義塾普通部から慶應義塾高等学校に通う現役高校生でした。2000年4月に慶應義塾大学経済学部へ進学しますが、当時は「アイドルが大学に通う」こと自体が極めて珍しく、芸能界内でも学内でも異端の目で見られる時代でした。
学業と芸能活動の両立は、想像を絶する過酷さでした。当時の密着取材や本人の証言によると、嵐のコンサートツアーやレギュラー番組の収録をこなしながら、試験期間中には睡眠時間を1日2〜3時間に削って試験勉強に没頭していたといいます。講堂の最前列に座ってノートを取り、試験では絶対に妥協しないという凄まじい執念の背景には、父親をはじめとする家族との「留年は絶対に許さない」「仕事のせいで学業が疎かになるなら辞めなさい」という厳格な約束がありました。
この時期には、家族や周囲への激しい櫻井翔 反抗期 エピソードも残されています。親の敷いたエリート街道に反発しながらも、中途半端に投げ出すことはプライドが許さない。「アイドルだから大学を卒業できた」という陰口を封じ込めるため、誰よりも徹底して勉強に取り組み、2004年3月に一度も留年することなく4年間でストレート卒業を果たしました。この壮絶な意地と努力こそが、後の「知的アイドル」という新ジャンルを切り拓く基盤となったのです。