長良川の戦いで道三自身は敗死し、息子の義龍も急死したことで、斎藤家は信長の美濃攻略によって滅亡したかのように見えます。しかし、複雑に入り組んだ斎藤家の家系図を辿ると、マムシの血脈と一族は驚くべき形で歴史の中枢に生き残っていました。
道三の甥(一説には従兄弟)にあたる斎藤利三は明智光秀の筆頭家老として活躍し、本能寺の変に関与します。そして利三の娘として生まれたのが、のちに徳川家光の乳母となり大奥の権力を一手に握った春日局(斎藤福)です。
下剋上で美濃を奪い、織田信長に天下取りの道筋を与えた斎藤一族の血筋や人脈は、形を変えて徳川260年の泰平の世を支える中枢へと深く浸透していきました。