高級生食パンという一大ジャンルを築き上げた「乃が美」の歩みにおいて、2020年代前半に生じた急激な店舗網の縮小は、飲食業界における最も劇的な地殻変動の一つでした。かつて全国の主要駅前やロードサイドを埋め尽くした店舗群は整理され、乃が美食パンの現在は、大都市圏の主要旗艦店や百貨店内の常設コーナー、厳選されたサテライト店舗を中心とする筋肉質な体制へと移行しています。
一世を風靡したブランドがこれほど急激な再編を余儀なくされた背景には、複数の構造的要因が絡み合っています。業界内の市場分析および取材データから浮き彫りになった乃が美閉店の理由は、主に以下の3点に集約されます。
第1の理由は、高級生食パンブームの終焉と需要の構造変化です。乃が美の食パンは、1本(2斤)で1,000円前後に達する高価格帯であり、購入動機の多くは日常の朝食ではなく「知人への手土産」や「自分へのプチ贅沢」という贈答需要に支えられていました。しかし、物珍しさが薄れ、SNSでの拡散が一巡すると、リピート購入の間隔が長期化。日常食としての定着が難しかった点が、高コストな店舗網を維持する上で致命傷となりました。
第2の要因は、2022年以降に本格化した世界的な原材料価格およびエネルギー費用の高騰です。乃が美の最大の特徴であるリッチな風味を支える最高級カナダ産小麦粉、生クリーム、バター、ハチミツの調達コストが急激に上昇。包装資材や物流費、電気代の負担も重なり、従来の薄利多売ではない高付加価値モデルをもってしても、損益分岐点を押し上げる結果となりました。
第3の要因は、競合他社の乱立とコンビニエンスストアの品質向上です。「銀座に志かわ」や個性派ベーカリーが相次いで参入したことでパイの奪い合いが激化。さらに、セブン-イレブンなどの大手流通が1枚単位・小容量で高品質な食パンを数百円で提供し始めたことで、「わざわざ専門店へ足を運んで2斤サイズを買う」という消費行動そのものが急速に減退していきました。