朝井リョウのエッセイを語る上で避けて通れないのが、『風と共にゆとりぬ』に収録されている痔核の手術・闘病体験記です。文学賞レースの壇上に立ち、知的な論壇人としても認知されていた直木賞作家が、自身の患部と治療プロセスをここまで剥き出しにして活字化した例は他にありません。
物語は、慢性的な違和感を抱えていた著者が意を決して専門クリニックの門を叩くところから始まります。診察台の上で無力な一頭の哺乳類へと還元される屈辱、医師との絶妙に噛み合わない問答、手術当日の麻酔が効いていく過程の生理的描写、そして術後の「最初の排便」に立ち向かう凄絶な覚悟が、まるでハードボイルド小説のような重厚な筆致で展開されます。
なぜこのエピソードが読者の心を掴んで離さないのか。それは、「どれほど社会的地位や名声を獲得しようとも、人間は自らの肉体や内臓の支配から逃れられない」という普遍の真理を提示しているからです。直木賞という看板を自ら粉砕し、痛みに悶え苦しむ生身の人間として読者と同じ地平に降り立つ姿は、単なる下ネタを超えたカタルシスを生み出しています。