2011年の東日本大震災と福島第一原発事故は、潮目を完全に変えた。当時の菅直人首相は脱原発路線へと舵を切り、もんじゅの存在意義そのものが激しい議論の的に晒された。安全対策費が跳ね上がり、稼働の見通しが立たないまま時が流れた。
そして2016年、政府は廃炉を正式決定。しかし、時代の針は再び動き出す。近年のグローバルな脱炭素化の潮流を受け、岸田文雄政権は原発の再稼働や次世代革新炉の開発推進へと回帰した。電力・エネルギー産業を取り巻く政治的思惑は二転三転し、もんじゅという現場だけが取り残された格好だ。