歴史地図や古文書に登場する甲斐国 読み方 かいのくには、現在の山梨県そのものです。全国に60以上存在した令制国の多くは、明治維新以降の統廃合によって分断されたり合邦されたりしましたが、甲斐国は一度も他国と混ざり合うことなく、単独で現在の県境へとスライドしました。
令制国 地図 現在の都道府県境界を照らし合わせると、山梨県が富士山、南アルプス(赤石山脈)、八ヶ岳、奥秩父山塊という名峰に四方を囲まれていることが一目でわかります。この天然の要塞ともいえる地形こそが、古代から独立した行政単位として扱われてきた最大の要因です。
そもそも「甲斐」という名がついた背景には、地勢が深く関わっています。甲斐国 由来 理由には諸説あるものの、最も有力なのは山と山の間を意味する「峡(かひ)」や、道や山が交差する「交ひ(かひ)」から転じたという説です。『古事記』のヤマトタケル伝説にも「新治 筑波を過ぎて 幾夜か寝つる」という問いに連歌で返した「日日並べて 夜には九夜 日には十日を」の舞台として甲斐の酒折宮(さかおりのみや)が登場するなど、日本屈指の古い歴史を誇ります。