定年を迎えた瞬間、多くの男性が直面する最初の洗礼が「収入の断崖絶壁」である。男60歳定年後の現実において最も深刻な摩擦を生んでいるのが、昨日までと同じデスクで同じような業務をこなしながら、給与明細の数字だけが半分以下に削ぎ落とされる再雇用の仕組みだ。
厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」のデータを分析すると、60歳男性再雇用給与相場は50代後半のピーク時と比較して約35%〜50%の減少、企業規模によっては6割減となる事例も珍しくない。現役時代に基本給や役職手当込みで月額55万円を受け取っていた大企業社員が、60歳の誕生日を境に月額22万〜26万円程度の嘱託社員へと格下げされる。賞与も大幅に圧縮されるため、年収ベースでは800万円超から300万円台前半へと転落するケースが相次いでいる。
大手重工メーカーを60歳で定年退職し、嘱託として再雇用された男性(61歳)は、取材に対して次のような苦渋の手記を寄せている。
「定年翌月に振り込まれた手取り額は約18万円でした。かつて部下だった後輩が新しい課長として着任し、指示を出される屈辱感以上に、固定資産税や住宅ローンの残債、妻の生活費を払うと手元に一銭も残らない恐怖に震えました。会社から『いてくれるだけでいい』と言われた言葉の裏には、『その代わり金は払わない』という冷酷な通告が含まれていたのです」
追い打ちをかけるのが、資産状況の二極化である。金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」によれば、60歳男性平均貯金額(単身・二人以上世帯を含む全体の平均値)は約1,800万〜2,000万円という数字が示されることが多い。しかし、これはごく一部の富裕層が極端に数値を引き上げている統計の罠である。より実態に近い金融資産保有額の中央値は約650万〜800万円にとどまる。
さらに注視すべきは、60代単身世帯の約28.5%が「金融資産非保有(貯金ゼロ)」という調査結果である。「定年を迎えれば退職金でなんとかなる」と高をくくっていた層が、教育費の支払いの長期化や住宅ローンの繰り上げ返済によって手元資金を吐き出し、無防備な状態で60歳を迎えて立ち尽くす構図が浮き彫りになっている。