「納豆と卵の食べ合わせは栄養を打ち消し合う」という言説の根底には、れっきとした生化学的な根拠が存在します。問題視されているのは、納豆に豊富に含まれる水溶性ビタミンB群の一種である「ビオチン」と、生の卵白に含まれる糖タンパク質「アビジン」の相互作用です。
ビオチンは皮膚や粘膜の維持、アミノ酸や脂質の代謝を助け、髪の健康維持にも深く関わる重要な栄養素です。ところが、生卵白に存在するアビジンはビオチンと非常に強く結合する性質(不可逆的な強力結合)を持っています。胃腸に入ったアビジンが納豆のビオチンと結合して「アビジン-ビオチン複合体」を形成すると、消化酵素で分解されにくくなり、小腸でのビオチン吸収が阻害されたまま体外へ排出されてしまいます。これこそが、ネット上で「白身はNG」「納豆の栄養を破壊する」と断定される決定的なメカニズムです。
医学史においても、大量の生卵白を長期間摂取し続けた動物や被験者が皮膚炎や脱毛などの症状を起こす「卵白障害(Egg White Injury)」は古くから知られています。そのため、「ビオチンの吸収率」という単一の指標に絞って議論を展開した場合、納豆に生の卵白を直接投じる行為は、理屈の上では確かにビオチンの吸収ロスを生じさせていることになります。
しかし、ここで冷静に見つめ直さなければならないのは、「ビオチンの吸収阻害が起きる=納豆と卵のすべての栄養が消滅する」わけではないという事実です。納豆に含まれる大豆イソフラボン、食物繊維、納豆菌、カルシウム、そして卵が誇るアミノ酸スコア100の良質なたんぱく質やビタミンA・E・Dなどは、何ら阻害されることなく体内に吸収されます。「栄養がすべて無駄になる」という言説は、ビオチンという1つの成分の振る舞いだけを切り取って全体に当てはめてしまった、典型的な情報の飛躍なのです。