現在のダイヤを見慣れていると、品川駅と新横浜駅にすべての「のぞみ」が停まるのは当たり前のように感じられます。しかし、新幹線のぞみ新横浜品川全便停車経緯を振り返ると、そこには激しい議論と鉄道輸送計画の大転換が存在しました。
1992年に「のぞみ」が運行を開始した当初、朝一番の「のぞみ301号」が新横浜駅を通過するダイヤが組まれ、当時の神奈川県知事や横浜市長、地元財界が猛反発する事態へと発展しました。新横浜は政令指定都市・横浜の玄関口でありながら「なぜ通過するのか」という声が巻き起こったのです。当時のJR東海は、航空機との競争に打ち勝つため「東京〜新大阪間を2時間30分で結ぶ」という至上命題を掲げており、1分1秒を削るために新横浜通過を断行したという背景がありました。
潮目が大きく変わったのは、2003年10月の東海道新幹線品川駅開業です。品川駅の新設によって、山手線南部や羽田空港方面へのアクセスが飛躍的に向上。同時に東海道新幹線は「のぞみ主体のダイヤ」へと舵を切り、2008年3月のダイヤ改正をもって、新横浜駅と品川駅は全列車停車駅へと格上げされました。
全停車へ舵を切った最大の要因は、首都圏における「ターミナル分散」と「後背地の莫大な人口」です。新横浜駅を抱える神奈川県の人口は約920万人におよび、町田・八王子など南多摩地域からのアクセス需要も膨大です。東京駅1駅にメガロポリスの乗客を集中させるとコンコースやホームの混雑が限界を超えるため、品川と新横浜で乗客を分散吸収させる都市工学上の必然性があったのです。