夏油傑が呪詛師へと身を落とした背景には、突発的な狂気ではなく、真面目すぎる人間が過酷な現実に摩耗し続けた複合的な要因が存在します。公式描写から読み取れる決定的なトリガーは、大きく4段階に分類されます。
第1の要因は、天内理子の遺体を前に満面の笑みで拍手を送る「盤星教」信者たちの醜悪さです。夏油が自らの信念として掲げていた「弱者救済」の対象であるはずの非術師が、無垢な少女の死を歓喜で称える姿を目の当たりにし、彼の信条は根底から瓦解しました。
第2の要因は、呪霊操術という生得術式に伴う肉体的・精神的な苦痛です。降伏した呪霊を黒い球体にして飲み込む行為を、夏油自身は「吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みするような味」と述懐しています。誰にも共有できない苦痛を何百回、何千回と繰り返す中で、彼の精神は限界まで擦り減っていきました。
第3の要因は、後輩である灰原雄の戦死と、特級呪術師・九十九由基との対話です。「非術師を皆殺しにすれば呪霊は生まれない」という極論を九十九から提示されたことで、夏油の胸中に燻っていた違和感は、「術師だけの楽園を作る」という具体的な大義へと輪郭を変えていきました。
そして決定打となったのが、任務先の寒村で非術師たちに檻へ閉じ込められ、虐待を受けていた幼き呪術師姉妹(美々子と菜々子)との遭遇です。仲間が理不尽に搾取される光景を前に、夏油は村人112名を殺害し、呪詛師として生きる決断を下しました。新宿の雑踏で対峙した際、追及する五条に向けて言い放った「殺したければ殺せ。それには意味がある」という言葉は、かつての親友にすら理解されることを拒絶した、孤独な宣戦布告でした。