明暦の大火の真相に迫る!振袖火事の伝説と江戸城天守が消えた歴史の裏側

明暦の大火の真相に迫る!振袖火事の伝説と江戸城天守が消えた歴史の裏側

明暦の大火の真相に迫る!振袖火事の伝説と江戸城天守が消えた歴史の裏側に関する最新の話題を分かりやすく解説いたします。

Q1:明暦の大火はなぜ「振袖火事」と呼ばれるようになったのですか?
A1:本郷の本妙寺で、非業の死を遂げた美少女の形見である紫縮緬(ちりめん)の振袖を供養のために焼いた際、突風で炎に包まれた振袖が舞い上がり、本堂に引火したという伝説に由来します。ただし史実としては、旗本屋敷からの出火隠蔽や複合的な失火が真相とする見方が有力です。

Q2:明暦の大火で江戸城のどこが焼け、何が残ったのですか?
A2:五重の天守閣をはじめ、本丸・二の丸・三の丸の御殿がことごとく全焼しました。奇跡的に西の丸の一部などが焼け残ったため、将軍家綱は西の丸へと避難して無事でした。その後、御殿は再建されましたが、天守閣のみ再建が見送られました。

Q3:明暦の大火の犠牲者はどこに葬られたのですか?
A3:引き取り手のない数万人に及ぶ犠牲者の遺体は、幕府の手によって隅田川東岸の本所(現在の東京都墨田区両国)に手厚く埋葬されました。その供養のために建立された寺院が現在の「回向院(えこういん)」です。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。