承子さまの歩みを語るうえで欠かせないのが、日本ユニセフ協会での勤務だ。2013年から嘱託職員として勤務を始められた承子さまは、特別扱いを望むことなく、書類作成や海外からの視察団のアテンド、翻訳業務といった実務を地道にこなしてきた。オフィスでは同僚たちと同じデスクに座り、気さくにコミュニケーションを取る姿が日常となっている。
この地に足のついた職業人としての生活が、承子さまの自立心を育んできた。一方で、父である高円宮憲仁親王が2002年に急逝されて以来、高円宮家を支える長女としての責任感も人一倍強い。母・憲仁親王妃久子さまが国内外で多忙な公務をこなされるなか、承子さまは皇族としての公的活動と民間組織での仕事を両立させ、高円宮家の屋台骨を支えてきたのだ。
「自分が皇籍を離れたら、母の公務負担はどうなるのか」という懸念は、承子さまの胸中に常に存在してきた。結婚という個人の幸福と、宮家を守るという皇族の責務。その二つの狭間で揺れる葛藤は、想像以上に深い。