「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という冒頭句から、多くの人が「遠く東京に出てきた若者が、離れた故郷の山河を懐かしんで涙を流している情景」を連想します。しかし、文芸資料や自筆書簡が明かす執筆当時の状況は、その解釈とは正反対でした。この詩は作者の室生犀星がまさに「故郷である金沢の地」に身を置いていた時期に書かれた作品です。
文学での成功を夢見て上京したものの、生活苦と挫折の果てに逃げ帰るように戻った金沢。しかし、敗残兵のように帰郷した青年を待っていたのは、温かな迎え入れではなく、冷淡な視線と容赦ない噂話でした。身を寄せる実家すら持たず、旧弊なしがらみに縛られた街で孤立無援となった犀星は、痛烈な現実に直面します。
「故郷という場所は、遠く離れた場所から幻想として美しく思い焦がれるものであって、実際に足を踏み入れてしまえば、そこには冷酷な現実と失望しかない」——これが、「ふるさとは遠きにありて思ふもの 意味」の偽らざる核心です。続く第二句の「そして悲しくうたふもの」へと連なる感情は、甘い追憶などではなく、故郷の冷たさに骨の髄まで打ちのめされた人間の激しい怨嗟と悲哀に満ちています。