作中で千尋が着用しているのは、鮮やかなピンクと白を基調としたローカットのスニーカーです。宮崎駿監督作品に登場する衣装は、時代考証やキャラクターの生活実態を徹底的に反映させることで知られていますが、この靴のデザインにも明確な意図が込められています。
宮崎駿監督は制作当時のインタビューにおいて、本作の主人公・千尋のモデルを、友人の娘であり当時小学生だった奥田千晶さんであると公言しています。1990年代末から2000年代初頭の日本において、アディダスやナイキ、瞬足などに代表されるキッズ向けハイテク系スニーカーは、小学生女子の定番アイテムでした。千尋が履いている少し泥で汚れたピンクの靴は、ファンタジーのヒロインではなく「どこにでもいるリアルな現代っ子」であることを視覚的に刻印するための装置だったのです。
さらに注目すべきは、釜爺のボイラー室に初めて降り立った際の描写です。異界の掟を知らない千尋に対し、先輩従業員のリンは履物を脱ぐよう指示します。神々の集う湯屋において、外の世界の泥をまとった靴は立ち入り禁止の「穢れ」そのもの。千尋の靴をススワタリたちが不思議そうに運び去り、壁の隙間に保管するユーモラスな一コマは、千尋が人間界のアイデンティティを一時的に預け、湯屋の一員「千」へと変貌する象徴的な儀礼となっています。