百貨店や直営ギャラリーに並ぶ江戸切子のグラスは、1客で1万円台から、高度な作品になると5万〜10万円以上するものも珍しくありません。「ガラスのコップになぜこれほどの価格がつくのか」という疑問の答えは、完全手仕事による途方もない精密工程と、職人の修行年数にあります。
江戸切子の制作には、下絵をガラスに直接描いてカットするような設計図はありません。職人は「割り出し」と呼ばれる最低限の等分線をガイドラインとして表面に引いた後、自らの目分量と指先の感覚だけを頼りに高速回転する砥石へガラスを押し当てていきます。
主な製造工程は以下の通りです:
- 割り出し(わりだし):器の口径や高さを正確に計算し、等分する基本線をガラスに墨などで割り振る工程。ミリ単位の狂いも許されない設計段階。
- 粗摺り(あらずり):ダイヤモンドホイールを用いて、大まかな主線や深い溝を一気に削り出す工程。器の肉厚を見極めながら適切な深さに切り込む度胸と正確さが求められます。
- 三番掛け(さんばんがけ):細かな砥石に取り替え、魚子や籠目などの極小パターンを緻密に彫り込んでいく工程。一度でも手元が狂えば修復不可能なため、極限の集中力を要します。
- 磨き(みがき):削ったままの白く曇ったカット面を、木盤やコルク盤、研磨剤、あるいは薬品処理を用いて透明に磨き上げ、クリスタル特有の鋭い輝きを引き出す工程。
一人前の切子職人として高度な文様を削れるようになるには、10年以上の歳月を要します。失敗が許されない一発勝負の緊張感の中で、わずか数ミリのズレもなく幾何学模様を連続させる技術料、そして1日に数個しか仕上がらない希少性が、その確かな価値を裏付けているのです。