長野県の怪異譚を語る上で欠かせないのが、古くから伝わる説話や近代産業の歴史的背景です。
千曲市に位置する「姥捨山(冠着山)」は、年老いた親を山に捨てる棄老伝説の象徴として全国に知られています。しかし民俗学的な調査によれば、実際にこの山で組織的な棄老が行われていた歴史的事実は確認されていません。平安時代の『大和物語』などに描かれた文学的モチーフが、棚田の美しい月景色とともに語り継がれ、いつしか悲哀の心霊スポットとして誤認されるに至ったのが真相です。
対照的に、松本市と高山市の境に位置する「野麦峠」は、明治から大正にかけて飛騨地方から信州の製糸工場へ出稼ぎに向かった少女たちの過酷な移動路でした。山本茂実のノンフィクション『あゝ野麦峠』で描かれたように、厳冬期の吹雪により命を落とした糸引工女たちの存在は動かしがたい史実です。峠道で見られるという人影や泣き声の噂は、名もなき近代化の犠牲者たちに対する人々の鎮魂と哀憐の情が生み出した心理的投影といえます。