全国に点在する綱敷天満宮の歴史は、平安時代初期の延喜元年(901年)にまで遡ります。政争に敗れ、京都から九州の大宰府へと左遷される途上にあった菅原道真公は、瀬戸内海を船で下る航海中に幾度もの暴風雨に見舞われました。
その際、現在の兵庫県神戸市須磨の海岸や、福岡県築上郡の豊前海沿岸などに船を緊急着岸させたと伝えられています。突如の貴人の来訪に驚いた現地の漁民たちは、格式ある敷物を用意する時間がなかったため、漁獲に使う大網の「とも綱」を丸く巻き上げて敷物(円座)を作り、道真公を手厚くもてなしました。この温かい計らいに感謝した道真公が休息をとったという伝承こそが、「綱敷」という社名の由緒となっています。
公の死後、その徳を偲び、かつて立ち寄ったゆかりの地に社殿を建立したのが各地域の綱敷天満宮の始まりです。単なる学問の神という枠組みを超え、「逆境のなかで人々の真情に触れた場所」という深い歴史的背景が、今日に至る信仰の礎となっています。