1964年大会は、視覚伝達デザインの歴史においても世界的なエポックメイキングとなりました。世界93の国と地域から訪れる外国人選手や観光客に対し、日本語が読めなくても直感的に施設や競技を理解できるよう開発されたのが、1964年東京オリンピック ピクトグラム 歴史の始まりです。
美術評論家の勝見勝をアートディレクターに据え、若手デザイナーたちが集結して制作した競技種目や案内表示のシンボルマークは、徹底的に装飾を削ぎ落とした機能美を誇りました。特筆すべきは、デザイナー陣が「社会の共有財産にすべき」として自らの著作権を放棄した点です。この先駆的決断により、ピクトグラムは世界中の空港や公共施設、後のオリンピック大会へと普及し、国際標準規格の基礎となりました。
また、日本デザイン界の巨匠が手掛けた亀倉雄策 オリンピックポスター デザインは、深紅の巨大な日の丸と金色に輝く五輪マークを配した第1号ポスター、そしてスタートダッシュを決める陸上選手たちの肉体美を写真家・早崎治とともに捉えた躍動感あふれる第2号ポスターなど、日本の伝統美とモダニズムを融合させ、国際的なデザイン賞を総なめにしました。