現在でこそ温厚な大物司会者のイメージが定着していますが、中山秀征の若い頃は決して順風満帆なエリートコースばかりではありませんでした。
出身地は群馬県藤岡市。藤岡市立神流小学校、北中学校時代を過ごした実家は、地元で工場を営む職人気質な家庭でした。早くから芸能界に憧れを抱いた中山は、1981年に児童劇団NACへ入団。わずか3カ月後に『火曜サスペンス劇場 狙われた女教師』(日本テレビ系)でドラマデビューを果たします。この現場を経験したことで「自分は東京で勝負する」と決意し、周囲の反対を押し切って単身上京しました。
渡辺プロダクションに入社後、1985年に松野大介とお笑いコンビ「ABブラザーズ」を結成。『ライオンのごきげんよう』の前身番組である『ライオンのいただきます』などで瞬く間にブレイクし、アイドル的人気を博します。しかし、バブル崩壊とともにお笑い第3世代(ダウンタウン、ウッチャンナンチャンら)が台頭すると、ABブラザーズの人気は急降下。コンビ活動の停滞という厳しい冬の時代を経験しました。
その逆境から彼を救ったのが、俳優としてのトレンディドラマ出演(『デパート!夏物語』など)と、共演者の懐に飛び込む持ち前の人懐っこさでした。お笑い芸人の枠組みに固執せず、マルチタレント・番組司会者へと柔軟にポジショニングを転換したことが、40年にわたる息の長いキャリアを決定づけたのです。