ローブ・ア・ラ・フランセーズの流行を決定づけた立役者が、ルイ15世の寵姫ポンパドゥール夫人です。彼女が肖像画で披露した淡いピンクやミントグリーンの絹タフタ、胸元のストマッカー(三角の胸当て布)にびっしりと施されたリボン結び(エシェル)やレースの装飾は、モードの規範としてヨーロッパ全土で模倣されました。
その後、フランス王妃マリー・アントワネットの時代になると、宮廷専属のモード商人ローズ・ベルタンの手腕も加わり、装飾はさらに華美を極めます。フリル(ファルバラ)や造花、羽飾りが贅沢に盛り込まれ、ドレス自体が着用者の身分や富を誇示するキャンバスとなりました。しかし18世紀後半、マリー・アントワネットが自然主義を好んで簡素な「ローブ・ア・ラングレーズ(イギリス風ドレス)」やシュミーズドレスへ傾倒していくとともに、この壮麗な宮廷ドレスは歴史の表舞台から徐々に姿を消していくことになります。