インターネット上の当時の掲示板アーカイブやブログの手記、SNSに散見される関係者の言説を突き合わせると、上六シネマ評判には良い意味での「泥臭さ」と「ディープな愛着」が混在していました。
「ロビーの手書きポスターのフォントに味がありすぎた」「冬場の場内は少し寒くて、コートを着たまま熱い缶コーヒーを握りしめてスクリーンを見ていた」といった生活感あふれる回想は枚挙にいとまがありません。一方で、潔癖さを求める現代のシネコンユーザーから見れば、「座席のスプリングがへたっていた」「前の人の座高が高いと字幕が見えづらかった」という指摘も事実として存在しました。
だが、そうした不完全さも含めて「街の社交場」として愛されていたのです。当時の熱心な常連客が残した記録には、このような言葉が刻まれています。
「チケット売場のおばちゃんが『兄ちゃん、今日の2本目はシリアスやから覚悟して観や』と声をかけてくれた。あの劇場には、機械を通さない人間と映画の結びつきがあった」
ただ作品を消費する場所ではなく、人と街が映画を通じて交差する接点として機能していたことが、閉館から歳月を経てもなお語り継がれる強固な評判の源泉となっています。