『FINAL DISTANCE』の制作背景には、日本の音楽史でも類を見ない切実なドラマが存在します。当時の公式発表資料やメディア取材の記録によると、もともと宇多田ヒカルのチームは、2001年3月に発売され400万枚以上のメガヒットを記録した2ndアルバム『Distance』の表題曲を、8枚目のシングルとしてそのままリカット(シングルカット)する予定でプロジェクトを進めていました。
原曲の『DISTANCE』は、2000年代初頭のR&B・ダンスポップを牽引する明るく軽快なアップテンポ・ナンバーでした。しかし、そのリリース準備が進められていた最中の2001年6月8日、大阪教育大学附属池田小学校で児童8名が命を奪われる凄惨な刃物襲撃事件が発生します。
この事件で理不尽に命を奪われた小学1年生の山下玲奈(れな)ちゃん(当時6歳)は、宇多田ヒカルの大ファンでした。玲奈ちゃんの自室には宇多田ヒカルの写真やCDが大切に並べられ、生前にはファンレターを送り、いつかコンサートに行くことを夢見ていたという事実が、遺族の取材を通じて報じられました。
報道を通じてこの事実を知った宇多田ヒカルは、当時わずか18歳でした。自らの表現を受け取ってくれていた無垢な少女の無念さに激しい衝撃と深い悲しみを覚えた彼女は、予定されていた『DISTANCE』の単純なシングルカットを即座に中止。自らの手で楽曲を全面的にリアレンジし、祈りと追悼を捧げるバラードとして作り直すことを決断しました。
彼女は急遽スタジオに入り、ボーカルを一から録り直しました。ストリングスアレンジには音楽家の斎藤ネコ氏を迎え、原曲のコード進行やメロディの美しさを極限まで引き出しながら、重厚かつ荘厳なシンフォニック・バラードへと生まれ変わらせたのです。完成したシングルのCDジャケットおよびブックレットのクレジット末尾には、静かに「For Rena」という献辞が刻まれました。