「いこいの村」の歴史を紐解く上で避けて通れないのが、かつて存在した特殊法人「雇用促進事業団(のちの雇用・能力開発機構)」の存在です。昭和40年代から50年代にかけて、労働者の健康増進と余暇活動を支援する「福祉施設」として、国民が納めた雇用保険料(福祉施設設置資金)を投じて全国主要観光地に次々と建設されました。
広大な敷地にテニスコートや体育館、天然温泉、大宴会場を備えた宿泊施設は、当時の民間ホテルを凌駕するスペックを誇り、福利厚生施設として絶大な支持を集めました。しかし、1990年代末から2000年代にかけて状況は一変します。小泉純一郎内閣が推進した「特殊法人改革・行政改革」のメスが入り、官民の役割分担の見直しや「税金・保険料の無駄遣い」批判が急速に高まったためです。
厚生労働省および関係機関は、保有する宿泊保養施設(いこいの村、サンプラザ、サンピアなど)の原則廃止・売却を決定。2000年代半ばから後半にかけて、施設は立地自治体へ二値(数千万円から1億円程度、あるいは無償)で譲渡されるか、入札を通じて民間企業へ一括売却されました。こうして、国の管理下にあった「いこいの村」という統一的な枠組みは完全に解体され、それぞれの土地で独自のサバイバルが始まることとなったのです。