大原麗子さんの生涯を振り返ると、栄光と挫折が激しく交錯するドラマチックな経歴が浮かび上がります。
1964年にNHKのテレビドラマ『幸福試験』でデビュー後、東映の看板女優として数多くの映画に出演。1970年代から80年代にかけては、高倉健さんや渥美清さんら大スターの相手役を務め、NHK大河ドラマ『春日局』(1989年)では主演を務めて最高視聴率39.2%を記録するなど、名実ともに日本のトップ女優に君臨しました。当時の大原麗子の若い頃の写真を見れば、その圧倒的な透明感と洗練された美貌は一目瞭然です。
私生活では1973年に俳優の渡瀬恒彦さんと結婚するも1978年に離婚。1980年には歌手の森進一さんと再婚しましたが、1984年に再び離婚を選択しました。二度の結婚生活において、家庭に入ることと女優業を全うすることの狭間で深く葛藤したとされ、後の手記や関係者への取材でも「一人の女性としての幸せ」と「表現者としての業」の間で揺れ動いた心中が語られています。
そして1975年、29歳の時に手足の麻痺などを引き起こす自己免疫疾患「ギラン・バレー症候群」を発症。一時克服したものの、1999年に同病が再発し、以降は身体の激しい痛みや筋力低下、さらには重度のうつ病との過酷な闘病生活を余儀なくされました。