幼少期の二宮和也が何よりも夢中になっていたのは、新小岩の少年野球チームでの活動でした。ポジションは捕手や投手を務め、休日は泥だらけになって白球を追いかける根っからのスポーツ少年で、将来の夢もプロ野球選手でした。
そんな彼の運命が動いたのは1996年の初夏です。従姉妹が本人の知らないところで履歴書を送ったことがきっかけで、オーディションの通知が届きました。運命のジャニーズ事務所への入所日は1996年6月19日(オーディション実施・登録日)ですが、当日の朝、本人は「大事な野球の試合があるから絶対に行かない」と頑なに拒否していました。
そこで母親が放った一言が、伝説として語り継がれる「5000円あげるから行ってきなさい」という言葉でした。当時の中学生にとって5000円は大金であり、お小遣い欲しさにオーディション会場へ向かった二宮少年は、周囲が熱心にアピールする中で後ろの方で無気力にリズムを取っていたといいます。しかし、その気負いのない自然体な佇まいと天性のリズム感がジャニー喜多川氏の目に留まり、見事合格を果たすことになりました。