多くの国民の夢を乗せてスタートした構想は、皮肉にも自らの熱狂によって足元をすくわれる結果となりました。計画が発表されるや否や、全国の幹線ルート予定地や地方都市周辺で激しい土地投機(買い占め)が巻き起こったのです。
開発期待から全国の地価は跳ね上がり、1973年の公示地価は前年比で30%以上も急騰。都市部のみならず地方の農地や山林に至るまでマネーゲームの標的となりました。政府の法規制や対策が後手に回ったことで、インフラ用地の買収費用そのものが膨れ上がり、事業計画自体を圧迫し始めます。
追い打ちをかけたのが、1973年秋に勃発した第4次中東戦争に伴う第1次オイルショックでした。原油価格の急騰によって日本経済は戦後初のマイナス成長に転落。トイレットペーパーの買い占め騒動に象徴される「狂乱物価」が日本中を覆い尽くしました。インフレを抑え込むため、政府は公共事業の大幅な凍結や延期を余儀なくされ、列島改造の青写真は大幅な縮小・修正を強いられることになりました。